【vol.3】大陸横断4000kmのドライブ!?新卒日本人ATCが、アメリカで仕事を獲得するまでの道のりとは

こんにちは。ゆうこりん(@koji_i003です。

ゆうこりん
ハーイ。ゆうこりんです。

現在、アメリカのプロサッカーリーグで仕事をされている若手アスレティックトレーナー・うめきくんに、海外での仕事や生活についてシェアしていただいているこの連載。

彼は、日本の大学を卒業後、単身渡米。

アメリカの大学院で認定プログラムを修了し、晴れてATC(アメリカのアスレティックトレーナー)になりました。

大学院時代もいろいろ大変なのはもちろんですが、さらに問題なのはそのあとです

言語の壁も、ビザの問題もないアメリカ人であっても、仕事を見つけるのは簡単ではないというのが現実です。

そんな中、彼はどのように仕事を見つけてきたのでしょうか?

これまでの連載記事はコチラ☟

【Vol.2】アスレティックトレーナーの仕事で感じる「アメリカらしさ」3つ。

2019-02-09

【新連載】アメリカのプロサッカーリーグで働くアスレティックトレーナーとは?

2019-01-03

うめきくんが当時書いていたブログ記事も途中リンクを貼っていますので、こちらもぜひ合わせて読んでみてください。

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大学院卒業後、初めての就活はとても苦い経験だった

うめきATC
こんにちは。うめきあきらです。

アメリカに来て早いもので6年が経とうとしていますが、今までに大きな就職活動は2回経験しています。

回目は、2015年に母校であるTexas Tech Universityの大学院を卒業する際。

そして2回目は、2016年の夏、OPTと呼ばれる学位を取った後に1年間労働ビザなしで働ける期間の終わり。

出せども出せども仕事が取れなかったこともあり、この2回の就職活動は私にとって非常に苦い経験として記憶に残っています。

補足

OPT(=Optional Practical Training)とは、F-1ビザ(学生ビザ)で修めた学問に直接的に関係する領域の仕事を、一定期間ビザなしで雇用されるための制度。

アスレティックトレーニングでは12ヶ月間。

それ以降の就業関係を結ぶためには、雇用主から就労ビザを発行してもらわなければいけません。

(解説 byゆうこりん)

アラスカ以外なら、どこへでも行く!インターン探し

Texas Tech大学院在学中の就職活動は主に、卒業を控えた春学期に行いました。

この際の応募先は全て1年契約のインターンシップです。

ATCになるためのプログラムを卒業したばかりの新卒かつ、外国人がフルタイムの仕事を取れる可能性は非常に低いです。

場所を選ばなければ可能性は高まるかもしれませんが、アメリカ人のATCであっても新卒で大きな大学やプロスポーツでフルタイムを獲得することは稀です。

そのため、特にトップレベルの大学やプロチームで仕事をしたい新米ATC達の多くが、1年契約のインターンシップを経験することになります。

当の私はというと、ここ数年こそずっとサッカーチームで働いていますが、当時はスポーツにそこまでこだわってはいませんでした

どこかディビジョン1に属する大きな大学で働ければ良いな、程度に考えていて、とにかく仕事の募集をウェブサイトで見つけてはひたすら履歴書を出す毎日でした。

日本でも大学時代を含め自由に使えるお金がない生活にも慣れていたので、とにかくインターンとして仕事を獲得するのが最優先で、給料や仕事先の土地柄などはほとんど考慮していませんでした(そもそもインターンの給料などたかが知れていますが)

実際インターンでどれくらいもらえるかというと、日本で毎日アルバイトをした方がよっぽど稼げる、くらいの金額です。

時給ではなかったのでほとんど毎日休みなく働いても、もらえる給料は変わりません。

働く土地に関しては、「比較的大きな都市の方が日本にも帰りやすいこと」「食の選択肢も多く人種も多様なこと」を考慮して、大きい都市に行けたらラッキーくらいに思っていました。

アラスカを除くアメリカ全土が、私の就職活動先でした。

うめきATC
若気の至りをもってしても、さすがにアラスカに行く勇気はなかったです(笑)。

日本の友達から2年遅れで経験した、就活のつらさ

この頃は新卒で仕事経験も全くなかったですし、資格もほとんどないので自分をどういった形で売り込むか非常に苦労しました。

事実、応募すれどもすれども、全く連絡が返ってこない日々。

全くコネクションのない応募先からは、返事が来ることはほとんどありませんでした。

幸い、教授や知り合いの日本人ATCの方々の紹介をいただいて10-15ほどインタビューを行いましたが、それでも仕事が決まるまで約半年掛かりました。

最終的に仕事が決まるのはTexas Techを卒業して2ヶ月が経った20157月末のことです。

ちなみに就職活動はその前年の11-12月から始めていました。

日本の大学時代は進学のため就活とは無縁で、それは全く蚊帳の外の出来事でした。

そのため、周りの同期達が苦労していたその当時の気持ちを、2年遅れてようやく私も味わうことになったというわけです。

「プロ全チームに連絡するくらいやらないと」恩師の言葉で奮い立たされた

スポーツにこだわりなく仕事を探していたとはいえ、元々サッカーを長い間プレーしていてサッカーが好きだったこともあり、プロサッカーチームでのインターンも興味は持っていました。

しかしながら、サッカーで働くよりもクリニシャンとして成長することと、フルタイムにつながるコネクション作りがメインだったので、サッカーに絞って探していたわけではありません。

それでも、その当時就職活動で本当に色々助けてくださった日本人の恩師の方がいるのですが、その方に「もし本当にプロサッカーで働きたかったら、プロ全チームに連絡するくらいやらないと」とハッパをかけて頂き、アメリカプロサッカーリーグ1部(MLS)と2部(USL)すべてのチームにメールを送ることにしました。

何チームから連絡が来たか覚えていないのですが、アリゾナにある2部のチームに「お金は出せないけど、もし来たいなら来ていいよ」と言って頂き、とりあえず大学院を卒業して通年のインターンが決まるまではそこでボランティアとして働かせて頂くことになりました。

この時にアメリカ生活初の引越しを経験することになります。

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車に詰めるだけの荷物と、体ひとつでアリゾナへ

そのチームはアリゾナ州のフェニックスにあり、大学院のあったテキサス州ラボックからは10時間ほど離れていました。

10時間と聞くと全然近い感覚になってしまう自分が怖いですが、その当時は最長でも5時間しか運転したことがありませんでした。

ましてや持ち物全てを車に詰め込んでの引越しだったので、当時の私にとっては一大事でした。

幸い、ちょうど中間くらいの距離にあったニューメキシコ州のアルバカーキという街に日本の母校の先輩がいたので、途中その方のところに一泊させて頂き、2日間かけてフェニックスへと引越しをしました。

ちなみにこの時どこで次のインターンシップを取れるかなど全くの未知でしたが、とにかくチャンスのあるところにはどこへでも行くただしアラスカを除く。笑)という強い覚悟を決めていました。

当時乗っていた2000年製のトヨタカローラに詰め込めるだけの荷物を詰めて、2日間砂漠地帯をひたすら運転していきました。

特にアリゾナは、ゴツゴツとした岩肌の山が永遠と続いていて本当に綺麗でした。

州によって、まったく違った景色を楽しめるのがアメリカでのドライブの醍醐味だと思っています。

うめきATC
フェニックスは、また機会があれば行きたいなと思う場所のひとつです。

プロになった後、初めてのインターン

大学院卒業式の2日後には2年間を過ごした思い出の地・テキサス州ラボックとあっさりとお別れをして、さらにその2日後にアリゾナに到着しました。

インターンは、その翌日からさっそく始まりました。

アリゾナは5月でも真夏のように暑いので、練習は朝方。

午後の早い時間には選手を帰し、次の日の準備をしたら私たちも帰宅できるので、夕方以降はかなり自由時間がありました。

この時間を使って引き続き就職活動を続けました。

アリゾナのチームの方には「お金は出せないけど、もしこの周辺でインターンが決まったら、是非引き続きウチで働いて欲しい」とも言って頂きました。

しかしながら、無給であったことや、チームがマイナーチームでそこまで大きなコネクションが見込めなかったこと、目標としていたディビジョン1の大学でのインターンが取れなさそうだったこともあり、結果的にはお断りさせて頂きました。

フェニックスはあらゆるメジャースポーツがある大都市で、街も綺麗で住みやすかったですし、今振り返ると周辺でインターンを見つけて残るのもありだったかな・・・と思うこともあります。

うめきATC
でも、そこに残らなかったことで今という未来がやってきて、幸いにも目標であったプロサッカーチームで仕事が出来ているので、これで良かったのだと今では思っています。

日本人の先輩のつながりで、メリーランド州へ

アリゾナでのインターンを始めてからも、インタビューをすれどもなかなか仕事が決まらない毎日が続きました。

アリゾナに引っ越して2ヶ月が経とうとした6月の末に、全米アスレティックトレーナー 協会(NATA)の主催するコンベンションがミズーリ州のセントルイスであったので、急遽飛行機を取って就活に行きました(お金が稼げない時期にも、金銭的にサポートしてくれた両親には本当に感謝しかありません)。

確か45校の大学とインタビューをさせて頂いたのですが、メリーランド州にある大学のスタッフに興味を持って頂き、コンベンションから帰ってきて数日でオファーを頂く結果になりました。

この話は日本人ATCの先輩方の助けを通じて頂いたもので、結果的に日本人としてのコネクションのおかげで仕事を得た形になりました。

アスレティックトレーナーの日本人コミュニティはかなり狭く、密接なので、一人の方と繋がるとあっという間に全米各地で働かれる日本人の方と繋がれることになります。

このときは、改めてコネクションの大切さを心から痛感しました。

うめきATCのブログ
就職活動の終わりと始まり

40時間かけてアメリカを横断

アリゾナ州はカルフォルニアに接しており、日本寄りの西海岸にあります。

一方、メリーランド州はニューヨークなどのある東海岸の州なのでその二州の間にはかなりの距離があります。

グーグルマップで検索すると計40時間ほどだったと思いますが、北海道から鹿児島まで約30時間ということなので日本を縦断するよりもさらに長い時間運転したことになります(若さは偉大なり、笑)。

実際には1週間ほどかけて、知り合いの家に泊まったりしながら移動していったので40時間という聞こえほど悪い引っ越しではなかったですが、それでも1日15時間以上運転した日もあり、「もうこんな引っ越しは絶対にしたくない」と強く思ったことは、今でも鮮明に覚えています。

この2ヶ月後に、まさかテキサスに引っ越しするなんて、この時は知る由もありませんでした・・・。

この話はまた次回にまとめます。

続く。

文/うめきあきら
編集/ゆうこりん

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ゆうこりん

ゆうこりん

BOC公認アスレティックトレーナー(ATC)でもある看護師です。 現在は整形外科で病棟看護師として働きながら、スポーツ医学やアスレティックトレーニングをテーマに空き時間に気軽に読めるメディアを運営。休日にスポーツイベントや大会の救護などの活動も行なっています。 内科・耳鼻科・眼科混合病棟→米大学院→スポーツ整形外科。

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BOC公認アスレティックトレーナー(ATC)でもある看護師です。 現在は整形外科で病棟看護師として働きながら、スポーツ医学やアスレティックトレーニングをテーマに空き時間に気軽に読めるメディアを運営。休日にスポーツイベントや大会の救護などの活動も行なっています。 内科・耳鼻科・眼科混合病棟→米大学院→スポーツ整形外科。